【SUPER GT】GT500の参戦遍歴まとめてみたよ
某掲示板でF1の参戦遍歴を見たので、それをモチーフにSUPER GT(GT500)の参戦遍歴を作ってみました。
主要チームと一部マイナーチームを載せています。
■創設当初からGT500(当初はGT1)に参戦し続けているチームは4チーム
25年以上の歴史となっているSUPER GTにおいて初年度から最高峰クラスに参戦しているチームは4チーム。日産陣営のIMPUL(当初はHOSHINO RACING)、NISMOとトヨタ陣営のSARD。そして最初期はポルシェで参戦をしていたチーム国光です。
ちなみに、4チームともタイトル経験があります。IMPULは初年度、NISMOは計7度。またSARDは2016年、チーム国光も2018年に初戴冠と時間はかかりましたが悲願成就となりました。
■プライベーターの戴冠は2度
今やメーカーありきのGT500クラスですが、かつて2度外国車を持ち込んだプライベーターによるチームチャンピオン獲得があります。
一つは黎明期にJGTCを盛り上げたTEAM TAISANで、総勢4台をGT1クラスにエントリーし1995年に達成しています。この時は、フェラーリF40、ポルシェ993GT2を投入していました。
もう一つは、チーム・ラーク・マクラーレンです。2台のマクラーレンF1 GTRを投入し、TAISANがタイトルを獲った翌年の1996年にドライバー・チームチャンピオン獲得となりました。
■別メーカーにスイッチしたのは3チーム
GTに参戦している間に別メーカーへスイッチした経験があるチームは、メーカー直結の類でいうと3チームある。
1つ目は初年度から参戦しているチーム国光で前述のとおりポルシェからホンダへとスイッチしています。
2つ目は同じく初年度から参戦をしていたチーム・ ルマンでGT参戦開始当初は日産系チームらしくフェアレディZを使用し参戦を開始。その後99年からトヨタ・スープラを使用しての参戦となりました。
3つ目はARTAで、こちらも当初は鈴木亜久里が日産のワークスドライバーを務めていた縁から、日産GT-R(R33)で参戦を開始。2年間戦うも、2000年からはホンダ陣営に移っています。
■Castrolだらけの年
今回の表はなるべく当時のカラーリングに合わせて作ったのですが、カラーリングのチェック時に思いだしたこととして
スポンサーとしての「Castrol」の乱立時代があったことです。
よく言われるのが2000年で、日産に#2 Castrol nismo GT-R 、トヨタに#36 #37 Castrol Tom's supra ホンダに#16 Castrol 無限 NSXの計4台がタイトルスポンサーにCastrolがつくことになりました。
別の意味で厄介だったのが1997年。トヨタの#36 #37 #38の計3台がカラーリングが全てCastrolの全く同じトリコロールだったため、いよいよゼッケンを見なければ判断が出来ないということもありました。